2012年5月9日水曜日

Elizabeth Ferrars, Thy Brother Death (1992)

イングランド南部か中部のある小さな大学の生物化学科(the Department of Biochemistry)を舞台にした放火殺人事件を描く推理小説Thy Brother Death (1992)は、著者の最後から5作めの長編(たぶん長編として67作め)で、85歳の年に出版されました。1907年生まれのFerrarsは1980年代になってさらに作品生産量を高めたという驚くべき経歴をもっています。(→Elizabeth Ferrars 作品リスト

学科は、教授を頂点とする身分により上下に組織されており、上下関係と能力評価のずれが大学の社交関係を複雑なものにしています。大学を舞台にする推理小説は、このような社会関係における真偽判定の問題にかかわることが多いようです。実生活でのFerrars は著名な植物生理学者(Robert Brown、エジンバラ大学)と結婚しており、退職植物学者Andrew Basnett を主人公とするシリーズのほか、『自殺の殺人 Death at the Botanist's Bay』(1941)、Hanged Man's House (1974)、Experiment with Death (1981)など、大学や研究所、研究者にかかわる推理小説をすでに幾冊か書いています。

物語は、主人公 Henrietta の夫の、有能な研究者で上級講師であるPatrick Carey博士が、重婚の責任を追求する、学科宛の匿名の手紙を、スコットランドのアバディーン在住の女性から受け取ることに始まります。数日後、学科の同僚を招待したパーティの準備中に、夫妻は、妻であると主張するその手紙の主の訪問を受けます。Patrick は、学科の責任者で支配欲の強い女性教授と敵対的と言ってよい関係にあり、主人公夫妻の自宅の住所がこの女性に匿名の手紙によって教えられたことから、学科の誰かが悪意のある介入をしたことが推測されます。その女性は、長く音信のない犯罪傾向のある弟が、兄 Patrick の名前を使って結婚した相手であるとわかります。そしてその晩その女性がこの女性教授の古い屋敷の放火事件で外から鍵をかけられた部屋のなかで焼死するというできごとが起こります。

もっとも中心になる謎は、なぜ、アバディーンから訪問中の女性が、無関係の女性教授の屋敷で、鍵をかけられて閉じ込められて、殺されなければならなかったのか、というものです。学科の教員たちは、アメリカや英国の他の土地の大学等に異動する機会をうかがっています。解決は、大学のなかでもっとも重要視され利用されるあるものに注目することによりもたらされます。大学という場面の内外にある小さな悪意と虚偽が大きな犠牲を生み出したという図柄が最後にあきらかになります。

穏やかだが癇癪を潜ませているという夫と、夫の異動とともに図書館員を退職したという妻という本作の主人公夫妻は、ロンドン大学やリーズ大学にまつわる夫妻の経歴や余暇を植物園を散歩して過ごすことの描写などから、実生活における若い頃の作者夫妻を想像させます。

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